◆はじめに

モラハラ家庭で育ちお金の奴隷化した私が語るお金との付き合い方

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こんにちは、子育てをしながら家計管理と投資を楽しむ投資家ママ吉川あいか(@AikaKikkawa)です。
今日は”人一倍お金に猛執着していた私が語るお金との向き合い方”について書きます

あいか
あいか
生い立ちから見るお金への価値観を告白!暗い話も入ります

【幼少期】祖父母に毎日いじめられていた過去

私は、一部上場企業に勤める父と結婚を機に専業主婦になった母、2歳離れた弟タロウと父方の祖父母の6人家族でした。

父は長男で唯一の男でした。祖父母は後継ぎが欲しかったので、私が産まれた時はこれで家系は途絶えないと安堵し大変喜んだそうです。
しかし、2年後に弟が産まれた事により態度が一変。

本当は跡継ぎは男の子がよかったため、私のことが邪魔になりました。
次第に、最初から男の子が産まれてきてくれれば良かった…あの子が産まれてこなければよかったと憎い相手へと変わっていきます。

 

あいか
あいか
祖父母に愛された記憶がない

 

幼稚園に入ってからは、母もパートに出ていたため日中は祖父母と弟と4人で過ごしていました。

1番顔を多く合わせる相手(祖父母)から嫌われ、同じ輪の中に入ろうとすると”うちは男の子が欲しかったのに女のあんたが産まれてきて迷惑。食費や教育費とかお金だけ吸い取られる”と拒絶されるた毎日、毎日部屋の隅で体育座りをしていました。

”金取り虫”や”泥棒猫”、”化け狐”など名前を呼ばれないどころか人間以外のもので呼ばれていました。祖父母の中では、私はお金だけかかる人間以下の存在でした。

声をあげて泣いたら嫌われるかもしれない、面倒だと思われるかもしれない。
悲しさに溢れたときは声を殺して、出来るだけ静かに誰もいない部屋の隅で涙を流していました。

【幼少期】父と母の反応と忘れられない出来事

弟の分だけしかお小遣い、お菓子、誕生日プレゼント、お年玉が用意されていないことを父と母も知っていました。

何度か父から祖父母に注意したことがあるそうですが、全く聞く耳をもたずで変わりません。次第に父も”タロウにお小遣いをやるのが両親の生きがいなんだから好きにさせてやれ”と言うようになりました。

祖父母は注意されることがおもしろくなかったようで以前にも増して、面と向かって暴言を吐いたり、親戚が来るたびに”タロウは可愛いけれど、あいかはまったく可愛くない”と私がいる前でも平然というようになりました。

次第に、お盆や正月に親戚周りをする際に”あいかがいるとあいかの分まで(親戚が)お小遣いを渡さなくちゃいけない。この子はお金を奪いにいくようなものだから連れて行かなくていい”と親戚のところへ行くことへも難色を示すようになり弟だけ連れて行くようになりました。

父と母は一回り歳が離れており、若くして結婚した母は祖父母の行動がおかしいと思っても自分から言うことは出来ませんでした。

母の口癖は”あいかがもっといい子になればおじいちゃん・おばあちゃんに好かれるようになるよ”でした。好かれるようになると言っている時点で好かれていないと伝えているようなものですが当時は純粋だったのでいい子になろうと必死でした。

とにかく役に立とう!と食器の後片付けやお風呂掃除、洗濯物やおつかいなど積極的に家事に関わりました。

しかし、祖父母の反応は”金がかかるんだから少しは働いて役に立ってもらわなきゃ困る”と冷たいもので何もしていない弟が可愛がられることに変わりはありませんでした。

 

そんな時に大事件が起こります。

弟から”お金をもらったから近所の駄菓子屋にお菓子を買いに行こう!”と言われました。母のパートが休みだったので私はてっきり母が私と弟の分のお小遣いをくれたと思い、食べたかったので100円のアイスを選びました。

夏の汗が流れ落ちるとてもとても暑い日ですぐさま頬張りました。

しかし弟が持っていたのは、祖父から弟のために用意されたお小遣い100円のみ。会計は弟に任せ家に帰ったのですが、しばらくして店の人が家に訪ねてきました。

そうです、私は万引きをしたのです。万引きをするつもりはありませんでした。
お金はちゃんとあるもので弟が払ってきてくれた、そう思っていました。

母はお店の人に謝り、代金を支払おうとしますが今回は私からのサービスとお金を受け取らずに帰っていきました。

お店の人がいなくなってから母が私にかけた言葉は”なんでお金がないのに買い物したの!持っていると思っていたなんて嘘つかないで!あなたは素直じゃないから嫌われるの!お金がもらえなければ我慢するしかないじゃない!あなたが自分も欲しいと思わなければ何の問題もないの!あなたが望まなければ誰も困らなくて平和なの!!”

この時、怒られている時に子どもながらに感じたことは
”オカネガナイ ハ フコウ…ダレモ タスケテハ クレナイ”

【幼少期】執着1.貯金箱にお金を入れるのが生きがい

この出来事をきっかけにお金への執着はますますヒートアップ。
お手伝いをしたお金や年に1回のお年玉などお金というお金は全て貯金しました。

お金があればもっと自由になれる。お金を貯めて自分が好きなことをしたい。
鳥かごの中にいる鳥の気持ちでいつか大空を羽ばたくことを夢見て必死に貯金していました。

お小遣いといっても10円ほど、それを貯めても大した額にはならないのですが必死でした。郵便局で貰ったポスト型の貯金箱に”これが何回満杯になれば自由になれるか”とばかり考えていました。

【思春期】父からの謝罪でより心に傷を残す

小学校に上がってからは祖父母に愛されることも、父と母に助けを求めることもなくなりました。

”どうせ何も変わらない。私は女だし男にはなれない。無理なこともある”と諦め、人生願ってもどうにもならないこともあると悟ったのでした。

そんな時に父から衝撃的な告白を受けます。両親が2人だけの時に、父が”あいかが祖父母に対する態度が悪い。ちゃんとするよう注意しろ”と母に言ったため今まで黙っていた母も、その時初めて私が嫌う理由や祖父母がしてきたことを語りました。

すると私の部屋に来て
”じいさん、ばあさんが今までしてきたこと知らなかった。俺も男だし長男だから男の子が欲しかったし、正直タロウのほうが可愛かったしヒイキしていた。あいかにはつらい思いをさせたと思う。悪かった。”
と90度の謝罪をし、すぐに去って行きました。私は生まれて初めて90度の謝罪を見て言葉に詰まりました。

しかし謝罪を受けたことよりも、父も弟タロウの方が可愛いとカミングアウトを受けたことのショックの方が大きくて何も言えずただただ呆然としていました。父と母も弟のほうが可愛いと思っているのではないかとは薄々感じ取ってはいました。

自分の中で思っているのと本人から直接”タロウの方が可愛い”と言われるのは違います。想像が確信に変わり事実となったことで、ここに居場所はないと思うようになりました。

【思春期】父が自己退職をしモラハラ毒親に

中学に入り、祖父母は認知症と病気で入退院を繰り返していました。退院といっても自宅で生活できる状態ではなかったので帰る先は施設です。

母は仕事と病院・介護施設と休む暇もなく行き来していたことで、たびたび体調を崩すようになりました。

そんな時に、父に本社へ栄転の話が出ます。単身赴任するという父と家族一緒に異動先に行きたいという母。

二人は揉めたようですが、最終的に祖父母を残して仕事を選ぶことに後ろめたさを感じ退職する決断をしました。

しかし、50代中盤・高卒で学歴もなくPCの操作もおぼつかない(タイピングは人差し指1本・クリックしかできない)父に再就職先はなかなか見つかりません。

営業一筋でしたが肉体労働など業種を問わず職を探し転々としていました。中学時代は、私は父が何の仕事をしていたか知りません。

仕事が上手くいかない、また自分より年下の人に頭を下げることがプライドが人一倍強かった父には耐えられなかったのでしょう。父のストレスは家庭内で発散されるようになりました。

自分以外の家族が楽しい思いをしているのが気に食わないようで遊びに行くことを禁じられました。

”お金がない”がこの時の父の口癖でした。

そのためお小遣いはなし。遊びに行くときは貯めたお金から

貯めていたお金で出かけようとすると
”お前なんかみんな本当は来てほしくないのにそんなことも分からず行くなんて、どうしようもなくKY(空気読めない)だな”

”みんな嫌々誘っている”

”人の気も知らずに自分だけ楽しみやがって”

”そんな気持ち悪い顔でよく外に出れるな”


など以前の父からは想像もしなかった言葉…
祖父母には逆らえなかったけれど、家族想いな優しい父でした。

また父は学歴コンプレックスがあったため、娘の私の成績にも当たるようになり内申が42/45だと、”3足りないのに満足するなんて人間として底辺で終わっている”とこの一言だけ残して荒れるのでした。

お金がないことは自分だけでなく周りも不幸にさせる。人格までも変えてしまう。
こうしてまたお金への呪縛にがんじがらめになるのでした。

【就職】執着2.預金口座へ貢ぎまくる

高校は商業系の高校に入り、部活も商業系にしました。理由は就職に有利だから。
幼少期からのお金へのトラウマで私は少しでも早く自分で働いてお金を稼ぎたかったため、普通高ではなく求人数が多い商業高校に入りました。

ありがたいことに地元では知名度のある企業に入社。高校卒業と同時に社会人生活がスタートしました。

お金を貯めると意気込み、手取り11万円ほどで月5万円とボーナス各20万円ずつを積立預金に自動引き落としさせ年間100万円になるように設定。

さらに残業代・ベースアップ・報奨金など目的が決まっていないお金は全て貯金に回しました。通帳の残高を見なくても把握しているほどお金に執着していました。

【夢の1000万円】理想と現実のギャップ

そんな生活をして8年。ついに貯蓄1000万円に到達します。

雑誌でも”目指せ1000万円貯金!”など特集が組まれるような数字なので、達成したら何か変わる。そう信じて続けてきましたが実際には何も変わりませんでした。

夢のような大金だったはずが、実際は記帳した通帳を見ないと分からない。
そしてこの頃、残業がない部門に異動となり年収50万円減。

残業代が減ったら貯蓄へ回せるお金が減ってしまう…。
目標を達成したことの喜びよりも、働き続けないとお金が貯まらないことへの不安の方が大きかったのです。

私はお金のことばかり心配する生活をずっと続けていくの?

夢だった1000万円…達成すれば何かが変わると走り続けてきた。

でもそれは空想でしかなく、手に入れたのは現実味のない通帳と働かないとお金がなくなるという恐怖心。お金の奴隷になっていました。

こんな生活はもう嫌だ…お金のためだけに働くことも不安でいっぱいになることも…収入を会社以外でも得る方法を探そう。

この時、男性社員からパワハラもあり疲れ切っていました。”高卒の女性社員なんて使い捨て”と言い放ち、インフルエンザが流行る時期に会社支給のマスクを事務員だけに配らない・自分のミスを事務員のせいにしてメールを流す、自分より立場が低かったり言い返せないと思った人は罵詈雑言を浴びせ何人もうつ病で休職。上司に何度も相談しても対処してもらえず最終的に私は人事に全てを話しました。第三者への聞き取り調査や事実確認をしてもらいパワハラが認定されたため男性社員は異動。

しかしパワハラが始まってから実際に動いてくれるまで、5年以上かかり会社への不信感は募っていったのでした。

投資・副業との出会い

私が最初に始めたのはポイ活と投資
元々アメブロをやっていて、ポイントサイトが一部で流行りだしていた頃でした。

まだポイ活という言葉も出来る前で、会員登録数も少なくクレジットカード発行や口座開設など自己消費で高額なポイントを受け取れるのは異例でした。ブログで紹介して月20人以上紹介することもあり、大した金額にはならないだろうと思っていたのですが総額65.7万円に…

▶【関連記事】投資×副業の始め方と収益全貌を初公開

 

投資は今まで必死にお金を貯めてきたので、損することは絶対に嫌。上がり下がりのする投資なんて危険だから絶対やらない。貯蓄だけの時はそう思っていました。

あいか
あいか
最初はギャンブルだと思っていたよ…

しかし、経済学部出身の同期が投資をやってリーマンショックの時から買付をして数倍になったという話を聞き、経済や投資に関する本を片っ端から読み漁り、投資と投機について知ります。長期で投資をすればギャンブルでもなく安全に利益をあげられる。

NISA初年度の2014年。わたしは投資デビューしました。

▶【関連記事】投資と投機の違いについて

▶【関連記事】なぜ今投資は必要なの?

投資×副業開始後の変化

投資を始めるにあたり経済の本と一緒に税金の本も読みました。

大村大次郎さんのなぜトヨタは税金を払っていなかったのかで日本トップクラスの企業なのに税金を払っていない理由について興味を持ちました。

そして、合法なやり方で税金は減らすことは出来る。お金持ちとお金に悩む人との違いの一つに税やお金への知識が雲泥の差だと気づかされました。

今の時点では、お金持ちではないけれど税金や社会保障・投資などお金の知識(マネーリテラシー)を身に着ければ今より豊かになると信じ勉強を開始。半年後に独学でFP2級を取得

また収入を増やす・支出を減らす・お金を働かせる(投資)ことを意識。すると8年で1000万円かかったのが4年5か月で1000万円達成。結婚後、夫婦共働きになると2年で1026万円になりました。

お金の知識を取り入れたり、日々の生活を見直すことですぐに効果としてあらわれたのです。

 

【まとめ】お金の本質とは

お金の知識を身に着けるようになり、資産増加スピードも格段にアップ。本業以外で収入を得られるようになり変わったことがあります。

それは”お金は貯めるための物ではない。【手段】だ”ということ。

私は、お金がないと不幸になると怯え、貯蓄残高を増やすことに執着していました。
お金を使うことを躊躇い、外食の際は安いメニューから目を通し決める。数百円の差なのに自分の気持ちよりも支払額を見ていたのです。

その場では数百円の節約になったかもしれませんが、食べたいものを食べたという満足感にはつながりません。これでは自分の気持ちよりも金額を重視してお金に使われているのです。

しかし、お金は満足度や生活の質をあげる・選択肢を増やすための手段なのです。これはお金2.0(佐藤航陽)や99%の人が気づいていないお金の正体(堀江貴文)でも同じことが書かれていました。

 

本来、自分や大切な人のために使う手段であるはずのお金が、貯めることに執着してしまったらいつまで経っても本当の使うは味わえないでしょう。

”Time is money(時は金なり)”というように時間や快適さをお金で解消するのも本来の目的です。時短家電や移動を下道でなく高速を使って短縮するのも一つの手段です。

また、投資とポイ活は、本業とは違い”不労所得”です。
本業(労働収入)
は働いた分だけ収入を得る仕組みですが働かなければお金がもらえません。私が1000万円貯めても不安が残ったのは労働収入しかなかったから。

投資とポイ活は時間をどのように使おうと収入に関係ありません。
ブログも記事の作成やサーバー代など費用や時間を最初は費やしますが、実績がついてくれば記事を更新しなくても検索で見てくれる人が集まり収入に繋がることもあります。

働いて得る収入とは違う方法で収益を得ることで、資産の増加スピードも精神面でも激変します。

私はこのことに気づくまでに25年かかりました。

しかし、20代のうちに気づけて良かったです。超反面教師だった祖父母ですがきっとこのような家庭環境がなければお金と向き合うことはしなかったかもしれません。

言葉にはうまく言いあらわせないのですが、きっかけをくれたと思っています。
また父も7年前に退職をし、ストレスから解放されたのか徐々に昔の優しい姿に戻り孫にデレデレのおじいちゃんになっています。

 

 

今、仕事が苦しいけれど収入を失うのが怖くてその場にとどまっているあなた。

人間関係や待遇に悩み相談しているが一向に解消されずストレスを抱えたままの状態のあなた。

お金はないけれど、どうにかなるしやる時はやる。と将来に目を背けているあなた。

お金は人生の目的ではなく、手段です。
本業で収入増加が見込めないなら転職や副業・投資の手段を検討する
無駄遣いが多いと感じているのなら生活費や税金の見直しをする

今のお金と環境に縛られないで。過大なストレスがある場所に居続ける必要はないです。

出来ることを模索していきましょう。


私は、本業(労働)以外での収入を少しずつ増やしていくことで不安も解消しました。
読んでくれたあなたも多くの”手段”を知り、ハッピーマネーライフを送れますように。

 

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ABOUT ME
吉川あいか
酒と旅と投資が好きな静岡県在住FPママ 2014年から収入アップのため投資とポイ活を始める。開始6年目で年間140万円突破。副収入を得たことで資産運用のスピードをあげ4年で資産1000万増加。 総資産1億円、配当収入250万円を目指してゆとりある金食住ライフを送る方法を提供中。
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